『青のサント・ヴィクトワール』
2001年7月号投稿文より

画廊シェーネ 奧田 聰

5回が約束のこのコーナーへの投稿の最終回にあたり、
敬愛して止まない画家・ 安徳瑛(元国画会会員・
1996年2月1日肺癌により死亡・享年55歳)の 作品について言及する。

安徳瑛病没後、すぐに某社の依頼で書いた作家への 追悼文の中で、
私は「形成の画家・『安徳瑛』この希有な魂は、決して眠 らない」と題し
画家の学生時代から亡くなる迄の全生涯作品を8つの時代に分 けて、概観して述べた。
安徳瑛が、究極の造形をつかむために自己の内的衝動や
認識の変化に溺れることなく、時代毎に創意と工夫を重ね多様な変遷を遂げ、
常に絵画性重視の姿勢を貫いたことこそ重要な意義があるということを強調 した。

タイトルに掲げた「青のサント・ヴィクトワール」(1994年作15 号油彩)は、
晩年の代表作の一点で「せめぎあう白と黒の時代」へ入りかけた頃 のものである。

山を題材の作品は、画塾を開いていたごく若い頃に描 いたことがあると
画家は語っていたが私はその画帳を見ていない。山を題材の 油彩作品は全部で8点しか無い。
作家は、通常の山岳風景を描く積もりは毛頭 なく「リアリテイのある山にしなければならない。
リアリテイとは、在 ることをどれだけ絵画的に、衝撃的に成り立たせるかだ」と
この頃始終 語っていた。

画家を古くから知る連中でも、この時の画家の変貌ぶりには
驚きと 感嘆の声をあげる者がいた。山を題材の最初の油彩作品は実は
もう少し早く 「ながつきの山」と題する「櫻島」をテーマの作品が
92年から93年 にかけて描かれている。
山を描いた作品は、いずれも作家の気迫が強く感 じられる名品ばかりで
余分な形態を剥ぎ取り、叙情性や文学的思考を塗り込 めて
ごまかすようなことだけはしないという明解で強い画家の絵画性重視の
意志の表出がみてとれる。

画家は、この「サント・ヴィクトワール」を初めて眺 めた時の印象をノートに
「・・セザンヌが通い続け、思索を重ねた日々を思 うと息を呑んで立ちすくんでしまった。
冷たく透明な風によって、裾野から頂 きへ、えぐり取られる形態は(中略)
小さなひとつひとつの形の連続によって一 つの宇宙を創り(中略)
山の向こうの形と、ここに見える姿と、形の連続を気 にしたんだ」と
セザンヌへの思いを馳せながらも安徳自身は、眼下の大地の木々を
貫くように屹立するサント・ヴィクトワールの光景を見て
「山の表情と空の形 とのせめぎあいが気になっている」と書いている。

この体験後に描かれたこの作品は、確かに暗くて深い潅木の中から突き出たような
鋭い山の形が、真っ青 の空と今まさにしのぎを削っているかに見え
画面全体は清涼な透明感に満 ちている。

サント・ヴィクトワールは、もう一点30号の作品が在り、
これまた 秀逸で、こちらの空は緑一色に描かれ大地も新芽が吹いたような緑に覆 われている。
山肌が桃灰色に輝き山の形態の強さがより強調されている。
この 作品は、すでに或るコレクターの所蔵となっている。

安徳瑛の作品に寄せる思 いは尽きない。作家や作品にまつわるエピソードも数々ある。
本年、画家没後5 周年を迎え早ければこの秋「安徳瑛の生涯と作品」と題し
私なりの「安徳瑛論」 をさらに詳細に言及した本を出版する予定である